借地権の歴史

江戸時代から明治時代へと変遷こそしましたが、依然として封建的な考えが根強く残っていましたが、これが大きく動き出したのは、明治4年の廃藩置県がきっかけとなり、明治6年に租税制度を物納から金納に改める大改革を行うことを始めました。
これには7年もの歳月を要し、明治13年に地租改正の根幹となる土地の所有権等が明記されることとなったのです。

明治29年4月27日法律第89号にて制定された「民法典」の中に民法第一編総則、第二編物権、第三編債権が権利として記載されていますが、第二編物権の趣旨は土地や建物の賃貸借契約における借地人及び借家人の保護にありました。
当時、借地権や借家権は形式的な平等を謳うに留まっていたようです。

そして、明治31年法律第9号により民法第四編親族、第五編相続が法制化され、明治31年7月16日から全てが施行となりました。
その後、地主が変わればその地に建てられた建物を取り壊し、次の借地人が建物を再築しなくてはならない等の法的な不備が生じ、資源としての建物を保護する目的と、軍政下において「国家総動員法」が発令され、借地人の権利保護の観点と絡め、建物保護法が明治42年5月1日に法律第40号として制定されます。

当時の日本では、権利に関する法律が制定されても依然として貸主の方が優位で、決して借主の権利として確立されたわけではありません。
その後、借地法(大正10年4月8日法律第49号)と借家法(大正10年4月8日法律第50号)が個別に制定されましたが、後に1本化されて借地借家法となり、建物保護法も附加されることになったのです。
この段階でも借地権は完全なものとは言えません。
現行の借地借家法となるまでには、時代の背景を反映させるために昭和時代、4度にわたり改正がなされ、平成3年10月4日法律第90号の借地借家法に統合され、これに伴い建物保護法が廃止となりました。

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